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挨拶の大切さを社会人は本当に理解できている!?知らないと損する勘違い

「挨拶の大切さがわかりません」という社会人が増えてきているそうです。

でも確かに以下のようなことを言われて挨拶を強要されると、ちょっとムッとしちゃうのもわかる気もします。

「挨拶は社会人にとってマナーだから」

「挨拶は基本だ」

「挨拶をしないやつはダメだ」

何を隠そう実は私も元々は挨拶をするのはかなり苦手な方だったのです。

じゃあ挨拶は必要ないのか?とたずねると、多くの人は必要だと答えることでしょう。

では挨拶が必要ないとか挨拶の大切さがわからないと言う社会人はなぜそんなことを言ってしまうのでしょう?

それは「挨拶が必要ない」と主張する人の考え方に『大きな勘違い』が潜んでいたからだったのでした。

結論から言えば、その勘違いとは「認知的不協和」によるものでした。

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挨拶の大切さがわからない社会人の意見

挨拶の大切さは多くの社会人が認識していると思います。

でも最近、挨拶の大切さがわからないという人が増えているそうです。

#アベプラのこちらの番組で取り上げられてます。

冒頭から

  • 挨拶嫌いだから職場では下を向いて歩く。目が合うと挨拶しなきゃいけないから。
  • 新入社員に挨拶したら「友達でもないのになぜ挨拶するのですか?」と真顔で言われた。

と、本当にこんなヤツ存在すんのか?と疑うレベルの意見が飛び出してます。

その後、番組の中では挨拶の大切さがわからない社会人(と言っていいか微妙な立ち位置)の2人が登場します。

それぞれの主張を整理して、どこが勘違いなのかについて指摘をしていきましょう。

挨拶の大切さがわからない社会人の意見①

以下は番組の中で登場する挨拶の大切さがわからないと主張する「冒女」さんと司会者:平石直之のやりとりです。

冒女「挨拶するかしないかの基準も人によってバラついていると思っていて、挨拶しない自由があるんじゃないかなとは思っています。」

平石「気持ちがこもってない挨拶は必要ない?」

冒女「そうですね、まさに。」

冒女「どんどん常識って変わっていくんで、今の若い人たちが挨拶しなくてよくない?と思ったら次の世代作っていくのは若い人たちなんで、そっちが正しいでいいんじゃないかなと思いますね」

アベマPrime #アベプラ 2022年10月14日放送分より抜粋

この人の主張の要点はどこにあるかというと、

挨拶しなさいと強要してまで挨拶をさせる必要はあるか?

という点です。

少し詳しく見てみます。

挨拶の大切さがわからない社会人「冒女」さんの主張

彼の主張はこのような体験からくるものでした。

  • 小学校時代に校門に担任がいて無視した。
  • そしたらなんで挨拶しないんだよとキレられた。
  • 挨拶は気持ちって言われてるにも関わらず、その時気分良くなかったし、それまでなんとも思ってなかったけど、挨拶嫌いになった。

ここに勘違いが潜んでいるんです。

これ、単に経験と感情を混同しているだけなんです。

つまり、気分が悪くなったと言っている原因がどこにあるのかを勘違いしています。

挨拶を強要されたから気分が悪かった。

正論っぽいことを言われて自分が否定された気がしたから気分が悪かった。

その証拠にそれまでは挨拶がなんとも思ってなかったと発言しているんですよね。

つまり「ちゃんとおもちゃ片付けなさい!と怒られてふてくされている子供」と本質的には同じということです。

さらに面白いのが、番組のはじめには「よろしくお願いします」と普通に挨拶できているんです。

だからこの人「普通に挨拶できる人」ということ。

それが小学生のときの体験から感じた感情をもとに、10数年間もへそを曲げちゃってる。

わかりやすくまとめてみましょう。

  • 挨拶をしなかった
  • 怒られたこと
  • ムカついた
  • その感情がなぜ生まれたのか考えた
  • 挨拶を強要してくる人が良くないという主張に帰結

という感じですね。

挨拶できるならしろよ

私個人の意見としては、「挨拶できるならしろよw」が率直なところ。

だけど、彼はおそらく変われる人だと思います。

討論の中で、ひろゆき氏が

「面接中にドアから入ってきて一言も挨拶しない人はなんかおかしな人が来たからこの人はやめとこうってなっちゃうと思うんすよね。」

と言われたのに対して、彼は

「就活中はさすがにします笑」

と答えています。

これに対しひろゆき氏は「TPOをわきまえてやってるなら好きにすればw」と語っていますが、実は彼が変われる人だと見逃してしまっています。

過去のトラウマからへそを曲げちゃってますが、本質的には「挨拶したほうがいい」ことはわかってるからこそ、就活ではできるわけなので。

きっと彼もこれからの人生のなかで何らかのキッカケから「挨拶って大切かも」と考えを変えられる社会人になれそうな気がしますね。

挨拶の大切さがわからない社会人の意見②

続けて2人目の挨拶の大切さがわからない社会人「田中」さんの意見を見てみます。

ちなみにこちらの方のお話はYouTubeの方ではカットされていて、Abemaの方で見られます。

職場で挨拶の声が小さいといわれた。元気にしないとダメだよって言われた。

で、デフォルトで自分の声が小さいというのがあって、そのときに、私としては挨拶そのものが苦手ですから、その、挨拶を大きくしろというのが私にとってはつらいことだったりするので・・・
そうやって挨拶を強要されるとこちらとしてもつらい思いもするし、そういう人もいるんだなと思って、別に強要しなくてもいいじゃないかと私は思いますね。

アベマPrime#アベプラ 2022年10月14日放送分より抜粋

これもちょっとわかる気がしますよね。

声が小さいとか自分に自信がない人ってどうしても挨拶するのに勇気が必要でしょうから。

ではこの人の発言の中に潜む勘違いとは一体なんだったのでしょう?

挨拶の大切さがわからない社会人「田中」さんの主張

田中さんに関しては、本編中でひろゆき氏が指摘したこちらがかなり大きな要因です。

田中さんの場合、挨拶したくないっていう問題じゃなくて、人と関わるのがイヤってことになるので、

(中略)

選ぶ仕事が悪いんじゃないかと思うんすけど。

#アベプラ内のひろゆき氏の発言より

これについては田中さんも自覚していて、

  • 社内の人とだけ関わる仕事をしている
  • 挨拶が苦手とわかってもらっている
  • そういう意味では挨拶はそこまで必要ないと思っている

なんだそうです。

しかしこれに続けてこうも語っています。

  • お店で挨拶なしに店員さんに「これどこにありますか?」と聞いても問題はない
  • この世の中で挨拶全部がいらないというわけじゃないが、かなりいらない挨拶も多いんじゃないかと思う

この部分がかなり勘違いになってしまっているんですよね。

田中さんの勘違い

彼の言っているのは、「店員との挨拶は不要」だから「世の中に不要な挨拶は多いはず」という理論です。

なぜなら「客→店員」の挨拶は不要と思う人の方が多いはずだからです。

だからこれをもとに「必要とされている挨拶のうち不必要なものも多い」と論じるのはおかしいわけです。

2人とも挨拶が「苦手」な人

実は2人とも挨拶がただ「苦手」なだけの人でした。

そう、2人とも「元々は挨拶はできていた」んです。

それがあるキッカケをもとに「挨拶が苦手」になってしまいました。

  • 冒女さん
    →小学校で担任に挨拶を強要された
  • 田中さん
    →もともと声が小さいが、挨拶を元気にしないといけないと言われた

つまり心のどこかでは「挨拶の大切さ」はきっと理解しているはずです。

2人がしていた勘違いとは、挨拶が苦手になってしまう過去のトラウマ挨拶が必要ないという極論に発展させてしまったことです。

挨拶の大切さがわからない社会人2人に起こっていた勘違いの原因は?

本来、「挨拶が苦手」と「挨拶が必要ない」は切り分けて考える必要があるはずです。

にもかかわらず、ふたりともが同じ勘違いをしてしまっていました。

なぜこのようなことが起こったのでしょうか?

それは認知的不協和という心理現象が関係しています。

認知的不協和があなたに勘違いをさせる!?

認知的不協和とは、一言で言うと

自分の認識と事実の間に食い違いがあると気持ち悪く感じて、それを解消させようとすること。

わかりやすく説明すると、次のエピソードみたいなものです。

あなたはソファを買おうと家具屋を訪れた。

そこであるソファをとても気に入った。

値札を見ると、自分の予算よりも桁が1つ大きく、完全な予算オーバーだった。

そこであなたはつぎのように考えて自分を納得させることにした。

「ちょっと私の部屋には大きいかも」

「少し色味が部屋に合わないかも。」

「やっぱりちょっと成金っぽくて趣味が合わないかもな」

この例では、

  • 「ソファが気に入ったから欲しい」という心理
  • 「値段が高くて買えない」という事実

が食い違ってしまいました。

そこで、「ソファがイマイチな理由」を探して、その食い違いを解消しようとしています。

2人に起こった認知的不協和

2人のケースも同じようなものです。

  1. 小学校の担任に挨拶を強要され、腹が立ち「挨拶って嫌なものだという認知」が生まれた(認知)
  2. 世間一般では「挨拶は大切」といわれる(事実)
  3. 「挨拶はしなくても良いのでは?」という意見を言うことで、食い違いを解消しようとした
  1. 挨拶は元気でやらなきゃダメだと言われた(事実)
  2. 自分は声も小さく、もともと挨拶が苦手だった(認知)
  3. 「いらない挨拶は多い」という意見で、食い違いを解消しようとした

あなたのまわりの「挨拶の大切さがわからないといっている社会人」にも、もしかするとこんな認知的不協和が隠れているかもしれません。

まとめ:挨拶の大切さがわからない社会人は意見のなかに「認知的不協和」がないか確認しよう

よく人は損得勘定で動くと言われますが、正確には「損得感情」だと私は思います。

つまり過去に経験した「プラスやマイナスの感情」に左右されてしまうということ。

自分の主義主張が、単なる感情によって動かされただけのものかもしれないということは気にしていなければなりません。

とはいえ、私は挨拶に関しては番組の中でのひろゆき氏が発言した以下のことは真理だと思います。

挨拶して損することってないと思うんですよね。

コミュニケーションって失敗するコミュニケーションもあるんですけど挨拶だけは失敗しないのでとりあえず挨拶ぐらいしたら?っていう

挨拶したことで損することはないんですよ。しないことで損することはありますけど。

結局のところ苦手であろうが、強要されて腹が立とうが、声が小さかろうが、挨拶くらいすりゃいいじゃん。

  • この記事を書いた人

赤羽 惣右介

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